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いろんな土、いろんな人 (2011)

栗田宏一

 今からちょうど四半世紀前、社会に出てからしばらくして私は大きな壁にぶち当たっていた。がむしゃらに働いて身体を壊し、仕事における自分の能力にも自信が持てない。せっかくこの世に生を受けたからには何かしらやるべきことがあるのではないか。しかも、自分だからこそできることが。悶々と悩んでいるときに、ふと背中を押してくれる出来事と重なって、日本を飛び出してみた。
 まずは神戸港から船で中国上海へ。そこから列車に三日ほど揺られてウイグル自治区に入った。中国領となってはいるが、漢族とは全く由来の異なる人々が暮らし、独自の文化を築いている。しかし、そこで知ったのは、テレビ番組の「シルクロード」からは明らかにかけ離れた厳しい現実だった。西洋からやってきたバックパッカーたちの間では、タクラマカン砂漠東部で行われた核実験の話題が持ち切りで時折、激しく言い合っていた。中国政府からの正式発表などあるはずもなく、何万人もの現地人が被曝したという。その汚染地域にすでに自分もこうして立ち入っている。しかも、何も知らないまま。あまりにも何も知らない自分、アンテナの鈍い自分に愕然としてしまった。
 結局のところ、このアジア全域を陸路で巡る旅はギリシャにたどり着くまでに五百日を要した。毎日が知らないことだらけの新しい出会いと、驚きの連続。世界にはいろんな人がいて、いろんなものを食べて、いろんなことを考えている。些細なことでトラブルもあり、救いようのない醜い争いもある。でも、そのすべての人の存在は尊く、美しかった。私たちのこの世における究極の目標とは、他者も自分も傷つけることなく、毎日をありのままに幸せに暮らしていくことだ。それぞれの違いを否定するのではなく、その違いをおもしろがり認め合うこと。それこそが、この世界を次の世代につなげていくための基本姿勢ではないか、と旅をしながら漠然と考えていた。
 では、その基本姿勢を簡潔にわかりやすく人に伝えていくにはどういう方法がいいのか。才能があれば政治家になるのが早いし、経済を動かしながらだったらもっと力強い。話術や文章が上手ならなおいい。でも、急に何かができるようになるわけでもない。「自分にできること」は何か。単純ではあるが「自分の生き方を見せること」しか思いつかなかった。ちょうど、その頃のアートシーンは、絵画や彫刻といった創造した「もの」を見せる方法から、やっている「こと」を見せる表現が分離独立していく途上だった。美術大学を卒業していることが前提ではなく、オンリーワンを持っている人が立ち上がっていける世界に思えたのだ。あのどうしようもない自然界の大きさと、頼りない小さな自分との出会いをぐっと一握りにして、しかもさりげなく提示するような方法はないものか。できれば自分の手跡をできるだけ残さずに、自然界の摂理までもがあぶり出されているのが理想だ。そもそも自然界は四大要素で構成されているにすぎない。すなわち、地、水、火、空気。中でも土は、水に洗われたり錆びたりしながら色を変え、地熱や太陽熱によっても変質し、空気によって風化していく。土はすべての要素と、途方もない長い時間をかけて関係し合ったことによって今の姿となっている。
 土は森羅万象の神秘をその中に宿しているようで愛おしかった。おまけに、無機物だけで成り立っているのではなく、植物や動物の腐食物、すなわち私たちの生きる様も混じり込んでいる。「自分たちが自然界の一員である」ことを自覚するのには大変な想像力を要するものだが、土は簡潔な形でわかりやすくそのことを見せてくれる。「土に還る」という言い方もあるくらい、母なる大地から生まれてきたというDNAはあらかじめ私たちに内包されている。それなのに、あまりにも目を向けていない。むしろ、実際には汚いものとして蔑んできたといってもいい。他者を蔑む意識は争いごとの始まり。一人ひとりを尊重し合って共存していくべきときに、土にそれを代弁してもらうのはとても有効であると考えた。
 それからかれこれ二十年間、あちこちに立ち止まっては片手に一握りずつ足もとの土を拾い続けている。今では日本列島全域で拾った土が三万種類を超えているが、どれひとつとして同じ色はない。歩けば歩くほど違う色、違う手触りの土と出会えるのだから楽しくて仕方がない。街角を曲がるたびに新たな出会いがあるのと同じ感覚だ。これだけ土を集めている人もあまりいないだろうから、世間では「土の専門家」と思われているようでもある。しかし、全く専門知識はなく、あまり興味もない。「どうしてこんなにいろんな色があるんですか?」と尋ねられると、「不思議ですよね。」と答えるしかない。でも、それでいいのだと思う。一握りの土がすべて他とは違っているという事実をきっかけにして、一人ひとりの多様性に思いを馳せてもらうことができるならば。そこから先は受け手がいかようにも広げていってくれればいい。
 旅の始まりから四半世紀を経た今、またしても大きな壁にぶち当たってしまった。これは私に限ったことではない。唯一の被爆国として世界に非核を訴えてきた私たちが、こともあろうに核によって「自曝」してしまった。残念ながら元に戻すことはできない。土には何の罪もないのに、勝手に「汚染土」とされて、処理されていく。二度と握りしめることのできない土たちに対してなんと言い訳をしようか。ここから先、アートという手法が適当であるかどうか、今はわからない。ただ、これ以上自分たちの足もとをすくわれないためにも、足もとに目を向けるきっかけを提示していく必要はありそうだ。すべての人に対する慈しみのためにも。

「CEL」Vol.97(大阪ガス エネルギー・文化研究所)より 2011
by soil_library | 2006-08-02 00:40 | TEXT
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