Koichi Kurita Web Site栗田宏一
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7 DEC 1998

 ピャーという山村で五年に一度の大きな祭りが開かれるという。村はずれから、ぞろぞろと山に向かう人の流れについて峰の頂きを目指す。上り詰めた所には大きな岩があり、今ではその前に十字架が立っているが、古来からの聖地らしい雰囲気がある。峠の広場ではテントを張るなどして着々と準備が進んでいる。聞くところによると大統領が直々に儀式に立ち会うのだという。大きな木のあたりにはそこらの石を積み上げただけのにわか屋台が出ていて、売られているのはほとんどが鉄製の農具だ。ここが産地でもあるのだろうが、どうやらこの祭りの時に新しいものを求めるのが風習のようでもある。昼を過ぎるとかなりごった返してくる。テントのまわりを物々しい軍隊が取り囲む頃になると、山の頂からゴングの音や奇声が聞こえ始める。しばらくするとサイレンの音とともに大統領が到着。それを合図にして、山の方からは全身に泥や炭を塗り付け、既に相当なトランスに入った数百人の男たちがなだれ込んでくる。それぞれが刃物や槍を持ち、早くも訳の分からなくなった者はその刃物で自らを傷つけたり、槍や串で頬や舌を突き刺している。単純なゴングと笛のリズムが見ている人をも狂わせていき、あたりは興奮のるつぼと化す。トランスに入ってその群れの中に飛び込んで行く人もいる。木の上に上って、木を揺すり倒さんばかりに激しく踊り狂っている人もいる。既に失神して地べたに倒れ、踏みつぶされている人もいる。男たちはこの祭りのために二週間前から断食しているといい、ほとんど我を失って神がかっている。この二週間の間に唯一食べていいのは妊婦の胎内の胎児だということで、妊娠中の女は隔離されている。興奮が最高潮に達すると、槍に串刺しにしていたカメレオンやカエル、首に巻き付けていたヘビなどを食いちぎったり、むしゃむしゃ食べたりし始める。いっせいに血が流れたことで大きな波は去る。この儀式は土地や人間にまとわりつく悪霊を追い払い、再び無垢な状態にしてから新たな精霊を降ろすためだという。普段は蔑まれている山の民も、この日ばかりは悪霊を追い払う重要な役割を果たし、人々から勇敢さを讃えられる。絶食と瞑想によって空の器になった自分の身体の中に村中の悪霊をおびき寄せ、それを貯めるだけ貯めてからひと思いに叩きつぶしてしまう。この祭りに一国の大統領が立ち会うというのだから、その重要さが分かる。踊りはこのまま明日まで続くという。
(ピャー トーゴ)
# by soil_library | 2006-07-04 00:19

6 DEC 1998

 ニャムトゥグの日曜市。この地方では最大というだけあって、タクシースタンドのあたりから屋台が並んで縁日のような賑やかさだ。黒人と音楽は切っても切れない仲なのはこんな田舎街でも同じで、カセット屋が大きなスピーカーを路上にまで出して、地響きがするくらいの大音量で鳴らしている。トーゴの音楽というよりも、アフリカ全土、もしくはアメリカまで含めたブラックな音楽が次々とかかる。音楽には国境がない。市の中心部に食料品や衣料品を商う店が出て、その周辺に土器や籠、薪、炭、家畜などの店が出るというパターンはここも同じ。変わったことといえば、酒を飲ませる屋台が大量に出ていることか。円筒形の泥づくりの小屋では、真ん中に大きな土器瓶を据え、それを囲むようにしてひょうたんを半分に割った器で一杯引っ掛けている。キビなどの雑穀による低発酵酒らしく女も子供も好んで飲んでいる。どうやらこのチャパロという酒を飲むことが市の最大の楽しみらしい。土器売り場では、ちょうど大瓶を頭上にのせて村から歩いて来た女たちが地べたに座り込んで休んでいる。とても一人では持ち上がらないような重さだが、それを10キロ以上歩いて持って来ているという。足元は簡単なゴム草履か裸足。高さが70センチあまりの大きな土器が50個あまりも集まっているだろうか。圧巻だ。表面には深めに縄文が施され、色は赤からオレンジで、ところによって火力が強かったのか灰色になっている。内部は完璧に意識して黒く炭化されている。水留め効果や殺菌効果を狙っているようだ。内側だけこれほどまでに真っ黒にするのにはどんな方法をとっているのだろう。土器を必要とする生活があり、必要なものを自分達で作るという姿勢が続いている。ある程度は冷蔵庫が普及しているにも関わらず、土器の気化熱でひんやり冷えた水を好み、ポリタンクで作った酒よりも土器で醸した酒の方がうまいと感じている限り、このスタイルはそう簡単には廃れないことだろう。それにしても、どうしてあそこまでこだわって土器全体に縄文を施しているのだろうか。日本の縄文土器の文様解明にも結びつくかもしれない。土器づくりの村デファレを訪ねてみたくなる。
(ニャムトゥグ トーゴ)

  赤焼きの土器炎昼のマルシェかな
# by soil_library | 2006-07-04 00:18

5 DEC 1998

 タンベルマ地方は西アフリカでももっとも原始的な生活を続けている地域として知られている。市の日以外は公共の交通手段はないようなので、あまり好きな方法ではないがタクシーをチャーターする。タクシーの運転手がちょっと嫌そうな顔をするところを見ると、街の人たちにはよく思われていないようだ。植民地時代には南の部族によってたびたび襲撃を受け、多くが奴隷として西洋人に差し出されたという。そんなこともあって、彼らの家はまるで砦のように守りが堅く、部外者に対する感情も複雑なようだ。村の入り口の大木の所で長老らしき男に車を止められ、そのまま彼の家に招き入れられる。男女共に上半身には何も身につけず、下だけ布で覆っているという簡素な姿だ。円筒形の泥の家は内部で複雑に結ばれていて、屋外の照りつける眩しさとは対照的に暗くひんやりしている。自然木に刻みをつけただけの梯子を上ると小さなテラスに出る。そこにはまるで日本の縄文土器と瓜二つの土器が置かれている。その上は屋上になっていて、そこにもうひとつ用途不明の小部屋がある。あるパターンはあるもののどこの家も家族構成などによって家の形や規模も違う。なかには外壁を赤土で装飾している家もある。お礼を言ってから立ち去ろうとすると、当然のように長老が金を要求してくる。結局はこういう方法でしか礼ができないのは寂しい限りだ。その金を村のためにでも使ってくれるならまだしも、たいていは街へ出た時にビールでも飲んでしまうのだろう。お金を必要としない生活をここまで続けて来た人たちにも転機が来ている。物珍しさのためだけに村入りしたのは良くなかったと、帰り道はいつものことながら落ち込んでしまう。
(カラ トーゴ)

 今日もまた、顔を見合わせると吹き出してしまうくらいに全身が土埃にまみれる。宿に戻ると、まずはシャワー。露出していた部分が赤土色になり、服に守られていた部分とのコントラストが凄い。これは何の疑問も持たずに衣服を身に付けてしまった者の負の人体装飾のようなものだ。我々はもうタンベルマの人たちのような身体を持っていない。女性のへそまわりの美しいミミズ腫れの装飾や、下唇の穴に挟んでいた大きなコルク栓のような装身具が目に焼き付いている。こうして自らに装飾を施すことによって、自分自身がお守りとなり、大いなるものの加護のもとにあるという安堵感を視覚的にも得ているのだろうか。我々が自分自身と対話する時におのずと目を閉じて内部に問いかけるのとは対照的に、彼等にとって自分自身とはまぎれもなく身体そのものであり、それを司る霊も身体と一体化していると考えるのではなかろうか。この厳しい生活環境の中では、頼りになるものなら何でも取り込みたいと考えるのが自然な発想かもしれない。
(カラ トーゴ)
# by soil_library | 2006-07-04 00:17

4 DEC 1998

 昨日は途中でバナナをつまんだくらいで9時間あまり車に揺られたせいもあり、到着後の空き腹に流し込んだビールが効いてしまう。たったコップ一杯なのにふらふらになり、椅子に座っていることすらできなくなってしまう。移動の後は調子が悪く、今日も洗濯をしたくらいで休息日にする。昨日の旅での衣服の汚れ方は尋常ではなく、まるで泥染め状態だ。ティッシュで耳や鼻の穴を掃除してみると、それはそれは美しい赤土色に染まり、思わず見入ってしまう。これほど鮮やかな赤土を日常的に見ているここの子供たちは絵を描く時には地面を赤い絵の具で塗るだろう。この風土を身体にしみ込ませることでしかアフリカの造形感覚や信仰心も見えてこない。日本でアフリカの造形物に感心していた感覚などどこかへ吹っ飛んでしまう。
(カラ トーゴ)
# by soil_library | 2006-07-04 00:16

3 DEC 1998

 長距離の移動の時くらいは良い車に当たりたいものだが、今日もいつもの通りのポンコツになる。スクラップ寸前まで使い込まれると、メーカーによっての特徴がはっきりしてくるらしい。ヨーロッパ車はしっかりした車体の割に電気系統やエンジンが弱く、日本車はエンジンはまだしも車体は手が付けられないほどボロボロになる。現地人に言わせると、同時に出発してもトヨタとニッサンでは必ずトヨタが早く到着するという。今日の車はニッサン。次々と後続の車に先を越され、なかなか客を拾うことができない。おかげですし詰めになることもなく、ゆったりと乗っていられる。アタクパメまでは舗装道路のあちこちに大きな穴が空いているモグラ叩きのような道だ。穴を避けながらジグザグに走るものだから車内の荷物も行ったり来たり。穴に落ちようものなら天井に頭をぶつけるほどのショック。アタクパメを過ぎるとごく一部の未舗装部分を残して道は良い。我々のニッサンはこの未舗装部分で見事なパンク。車が通る度にあたりが見えなくなるほどのひどい土埃が舞い上がり、この区間だけで全身が真っ赤に染まってしまう。ソコデを過ぎるとアフリカにしては珍しく山道となり、峠を越えると乾燥の進んだサバンナ地帯の風景に一変する。
(カラへの途上にて トーゴ)
# by soil_library | 2006-07-04 00:15

2 DEC 1998

 フランス時代に造られた家をそのまま利用しているこの宿は、さすがに水回りは古びてしまっているが、心地よさをとことん追求するフランス人らしく、光や風の取り入れ方もよく考えられている。なんといっても、窓を開け放つと、庭の大木の緑が部屋いっぱいに広がるのが気持ち良い。ベトナムやラオスでも感じたことだが、フランス人というのは本国とまったく異なる環境を好むくせに、家だけは本国と同じものを平気で造ってしまう。この宿の主人も本国からドロップアウトして来たフランス人で、コロニアル風を懐かしみながら、半ば意地になって時代物を演出している。宿の一階のバーには同じような境遇のフランス人たちが溜まっている。本国の流れからはじき出されたのか、自ら飛び出して来たかは知らないが、昼間から酒を飲んでいるその目に輝きがないのが寂しい。アウトローならそれなりの輝きが欲しい。
(ロメ トーゴ)
# by soil_library | 2006-07-04 00:14

30 NOV 1998

 昨日の祭りを通してアフリカ人とのコミュニケーションについて考えさせられる。これまでもヴードゥー関係の小物を売っている屋台では、カメラを見せるだけで嫌な顔をされ、少しでも触れようものなら「呪力が無くなるだろ!」とばかりに激しく追い払われてきただけに、信仰に関わることにはかなり警戒している。昨日の祭りにしたって、ただ騒いでいるわけでも、まして演劇でもあろうはずがなく、彼等が逃げまどう時の真剣な目つきを見ればただ事ではないことは十分に分かる。人垣に隠れるようにして見物していたからこそ黙認してくれたのかもしれないが、もし異なったバイブレーションを発する者としてある領域を犯してしまったならば、どんなことになっていただろう。彼等が排除の姿勢になった時は理性など働きそうにない。弾けるような笑顔で歓迎してくれる人なつっこさと、凄まじいまでに他者を威嚇する野性的な破壊力を兼ね備えているだけにつきあい方が難しい。
(アネホ トーゴ)

 本当に走るのだろうかと疑ってしまうほどのポンコツでアゴエガンの村へ行く。このポンコツ度は本当に凄く、車体全体が継ぎ接ぎだらけなので中程で大きく折れ曲がっている。内装はまさしく鉄くず同然で、天井からは意味もなくちぎれたスポンジが垂れ下がっている。それでも押しがけによってエンジンがかかり、営業車として客を乗せるのだから立派なものだ。原型がどうやらニッサンであることが分かるあたりがなんともいえない味だ。村の市は小川のほとりに開かれていて、売り手も買い手も手漕ぎの小舟でやって来ている。小魚の干物が特産らしく、我々にはなじみのある魚臭さが漂っている。例のヴードゥー屋もたくさん並んでいる。祈祷の内容によって用いる小物も違うらしく、買い手は真剣に店主に相談し、店主はまるで医者のようにアドバイスを与えながらトカゲの皮や鉱石などを調合している。病や悩み事によって、それを司る霊力が違うということだろうか。トンボ玉を扱う店もあって、ここで植民地時代に西洋人が持ち込んだというベネチア産のアンティークを見かける。当時はこのトンボ玉一個と黒人奴隷ひとりを等価交換したのだそうだ。数百年経たいまでも遠来の貴重品として扱われている。帰りは「パァーンパァーン」とエンジンの爆発音が凄まじいアメ車に当たる。まさしく跳ねるように走る。
(アネホ トーゴ)
# by soil_library | 2006-07-04 00:13

29 NOV 1998

 西洋諸国が互いの利益のために勝手に引いた線が、アフリカ大陸の至る所に国境線として残っている。住んでいる人のことなどまったく無視して、テーブルの上で引いた直線だ。目には見えないこの線を越えると、人の顔つきなどはまったく変わらないのに、街の色合いとか空気感が確かに変わる。ポルトガルからフランスへと支配者が移ったベニンに比べ、トーゴにはどういうわけかドイツが入って来たため、頑固なファシズムのようなものが根付いてしまっている。世界的にも不評を買っているワンマン大統領は、まるでかつてのダホメイ王国のようなことを今の時代にやっているらしい。ベニンとトーゴの首都間を行く乗り合いタクシーに乗ったものの、国境越えの手続きに時間のかかる外国人は面倒くさがられ、結局は国境で捨てられてしまう。仕方ないので徒歩で国境を越え、バイクタクシーにまたがって近くの街まで移動する。のんびりした小さな街のたたずまいが気に入り、そのまま海の家のような掘っ建て宿に荷を下ろす。窓のない部屋には湿気がこもり、洗面台まわりには巨大ゴキブリがうろついているが、テラスまで出れば目の覚めるような砂浜が広がっている。ラグーンの向うには植民地時代の古い教会も見える。このあたりでひと息入れたい。
(アネホ トーゴ)

 夕方になって、散歩がてらに街まで歩く。日曜日なので、店も閉まって人通りも少ない。しかし、街の北側の教会付近には人が群がって大騒ぎをしている。祭りらしい。こんな時は目立たない方が良いので、そっと人垣の後ろ側に回り込む。全身にヒラヒラとボロ布を縫い付けた衣装をまとい、頭から籠をかぶった男が、手にした枝を振りながら若者たちを追い回している。広場の一角には道を遮るようにして男たちが並び、太鼓に会わせて手拍子をとるなどして儀式の進行をしている。その脇にはそれは見事な衣装をまとった男がいて、あたかもこの場の空気を支配している王の象徴のようだ。広場の中程で人々に罵声を浴びながら暴れている悪霊らしきものとは対照的だ。どうもその進行を見るところ、王の支配する聖なる広場からその悪霊を若者たちが挑発しながら遠ざけているようだ。しかし、悪霊が手にした枝で触れられることは彼等にとってはひどく不吉なことらしく、ひとたび悪霊が暴れ始めると蜘蛛の子を散らしたように必死の様相で逃げて行く。悪霊に触れられそうになった男にはまわりから真剣に注意が飛び、勇気を持って悪霊に挑み、できるだけ広場から遠ざけた者には歓声が飛ぶ。しばらくすると、別の所からもう一組の太鼓隊がやって来て、それに続いていろんな衣装の役者たちが現れる。悪役の何人かは既に激しく頭を上下させ、全身を振り回してトランス状態になっている。こうなってくると見ている人たちもずいぶん興奮してきて、空気の流れによって人垣がうごめき、どよめきが起こる。激しくトランスに入った者は何をしでかすか分からないという、言ってみれば人間の理性を超越した神のような存在として畏れられているようだ。彼等の内面を形として見られた気がする反面、とんでもない所へ来てしまったという気分にもなってくる。
(アネホ トーゴ)

  悪霊に追われて夏の砂地かな
# by soil_library | 2006-07-04 00:12