Koichi Kurita Web Site栗田宏一
by soil_library


10 DEC 2000

 アジスアベバ大学構内にある民族博物館へ行く。開館まで少し時間があったので学生たちに混じってカフェテリアでコーヒーを楽しむ。さすがにコーヒーの産地だけあってこんな学生食堂のようなところで飲むコーヒーですらとてもうまい。カフェオレくらいは「ブンナベワタット」と現地語を覚えたのでスマートに注文するが、すぐに何かを問い返され、それにてお手上げ。それでも発音を聞いている限り、アムハラ語は我々にとっては英語などよりも親しい言語のような気がする。一服してから博物館へ。まるで西洋の宮殿のような外観だが、それもそのはず、最期の皇帝ハイレ・セラシエの住居だったという。肝心の展示は昨日の国立博物館とは比べ物にならないほど充実していて、各地の部族ごとに生活用具やコスチューム、住居の再現までされていて豊富な写真資料も見応えがある。一覧してみたところ、土器づくりに関しては特定の産地があるわけではないらしく、ごく普通のこととしてどこの村でも行われているようだ。ただコーヒーセレモニーに用いる黒い細頸の壷に関しては専門の職人がいるらしい。よく磨きがかかって黒光りしているがどのように炭化させているのだろう。西アフリカでは主流だった縄目模様はスーダン寄りのガンベラ地方に限られているようだ。土製のパイプに施された装飾は縄文と擦り消しが交互に行われていて、まさしく日本の縄文晩期の造形感覚だ。特別企画展示では各部族の木枕が一覧できる。どうやらこの木製の枕をどこへ行くにも肌身離さず携帯する習慣があるらしい。実用的な理由なのか象徴なのかは分からないがそれぞれがひとつの造形物として鑑賞に堪えられるほど美しい。南部のものは自然木をそのまま利用している素朴なものだが、中部のものはこれを所持していることが何かのステイタスででもあるかのように凝った彫刻がされている。館内にはこのほかにもアフリカからアラブまでを見渡すことができる楽器類、それに正教関係のイコンや十字架など展示に幅がある。かなり頭を柔らかくして旅をしないとこの様々な要素が重なり合った文化をとらえるのは難しいかもしれない。もっとも、裏を返せば旅の途上で思いがけないものが飛び出してくるという楽しみもある。
(アジスアベバ エチオピア)

 市内を見渡す高台にある聖ジョージ教会へ行ってみる。ちょうど夕べのお祈りの時間にあたり、大勢の市民が教会を取り囲むようにして思い思いにお祈りをしている。エチオピア正教の教会はカトリックのものとは建物の構造が根本的に異なっている。カトリックでは長方形の建物の一方が入り口でその正面にキリストなりマリアなりの像がある祭壇が置かれているが、ここのものは敷地そのものがほぼ円形、建物は八角形で四方に入り口がある。内部には正方形の部屋があり、その中心にアークと呼ばれる聖なる箱が置かれているという。内部屋の壁には一面にキリストやマリア、馬に乗った聖ジョージなどの聖人、それにエチオピアの歴代の王様などが描かれている。これらはキリスト教の教えやいわれを分かりやすく説くための手がかりのようなもので信仰の対象としてのイコンのようなものとは違うとのことだ。内部屋の前には大きな太鼓が横たわっているが、礼拝の時にはこれを打ち鳴らしながらお祈りをするのだという。その印象はいわゆるキリスト教とは大きな隔たりがある。こちらの方がより原初的な形をとどめているということだが世界観があまりにも違う。先入観を捨てて、全く別のものとして見ていった方が良さそうだ。街の中ではガサガサしている人たちもこの敷地内ではじっと心を鎮め、教会の壁に額をつけて一心に祈っている。
(アジスアベバ エチオピア)

  秋空や四方に開くカテドラル
# by soil_library | 2006-07-03 00:03

9 DEC 2000

 早朝、遠くからのアザーンの声で目をさます。昨日は夕食を抜いて眠りについてしまったが、かえって体が軽くて調子がいい。この国はエチオピア正教がメインをなっているはずなのでアザーンのように聞こえたのはもしかすると正教のお祈りかもしれない。正教についてはなじみもないのでよく分からないが、エジプトのコプト教やイスラエルのユダヤ教とともに原初の形をとどめているキリスト教ということだから、きっとイスラム教との共通点もあることだろう。旅をしている国の宗教はとても気になるし、むしろそれを理解することがその土地を旅させてもらう者の最低のルールだと思う。そうはいっても来てみないと分からないことでもあり、しばらくは微妙な部分についての発言は控えていた方がいいだろう。人々の様子を見ていると、すれ違いざまの挨拶の時や感謝の気持ちを表す時に軽く頭を下げて会釈をしたり、お金の受け渡しの時などはミャンマー風にもう片方の手を添えたりと、ちょっと想像していなかったアジアっぽさを感じてしまう。この国に来た大きな理由のひとつがアフリカとアジアの接点という大胆なテーマなのだが、既にその核心に迫りつつある。あまりだらだらとせず、結構きっちりした性格の人が多いのも意外だ。すぐ目の前の商店の若主人は朝も早くから掃き掃除をしてはあたりに水を打ち、小さな花壇にたっぷりと水をかけ、丹念に窓ガラスを拭く。路上のゴミも早朝には市民によって片つけられ、各家庭の残飯も専業のじいさんが肩にのせたドラム缶に集めていく。アジアでもアフリカでもかなりいい加減だったことがその中間ではきちんとしているというのも不思議なもので、このあたりの規律の正しさは正教の影響だろうか。
(アジスアベバ エチオピア)

 どの国に行っても市場と博物館にだけは必ず立ち寄るようにしている。しかし、ここの市場に関してはとても広大でスリやひったくりも多いという噂なのでもう少し慣れてから行くことにして、今日は国立博物館へ行ってみる。アフリカ大陸の中では充実した博物館のひとつだといわれているが、実際は学園祭にあるような展示で、これでは良いものもお粗末に見えてしまう。埃だらけのケースの中に遺物がバラバラに置かれていて、キャプションもあやしい。地下展示室にはこの館の目玉でもある「ルーシー」の骨がある。三百万年前の原人の骨だが、確かにその学術的価値は分かるが、実際に見たところで骨はあくまでも骨なので感動するようなものではない。むしろその事実や発見ストーリーに心惹かれる種類のものだ。しかし、ケースの隅に「レプリカ」とあるのには唖然としてしまう。この「ルーシー」に会いたいがためだけにエチオピアを訪れるという人もいるくらいなのに、はるばるやって来たらプラスチックのかけらが並んでいるというのではあまりに笑えない話だ。ひと通りはこの国の複雑な歴史を総観できるが、一番興味深いのは様々な人種のポートレートがずらりと並んでいる民族展示のセクションだ。彼らが使っている生活用具は数百年前の遺物と見分けがつかないほど似ているし、何よりも人の表情ににじみ出る遺伝子がより歴史を物語っている。人の顔つきを見ているだけでこの地域をひとつの国としてくくることの難しさを感じる。ソマリアやエリトリアが独立していったようにこれからもあちこちで独立運動が起こることだろう。このポートレートを前にして、今回の旅のおおよその道筋が見えてくる。
(アジスアベバ エチオピア)

 内戦、民族紛争、隣国との戦争などが長い間続いて来たこともあって戦うことに疲れたような雰囲気がある。テロを恐れてのことだろうが、公共施設への立ち入りの際は持ち物検査や身体検査が厳しく行われる。郵便局で切手を買うだけのことなのに銃を持った兵士に検査を受け、カメラを預けなければならない。街の中心部には軍隊の本部らしき建物があり、その周辺は特に物々しい。現地人たちもトラブルを避けてこのエリアだけはあまり歩きたがらないようだ。航空会社のオフィスやスーパーが並ぶあたりにはちょっと垢抜けた雰囲気があるが、そのぶん物乞いも多く、周りを気にしていないといつの間にか行く手を塞がれてしまう。立ち止まって地図など拡げようものなら格好の的となるだろう。幼子は服を引っ張ったり足にしがみついて来たり限度を知らないが、あまり強引に振り払うわけにもいかないので扱いが難しい。メインストリートを鉄道駅まで歩いて街のだいたいの様子を把握する。ミニバス乗り場付近には目つきのあやしい連中が何人かたむろしている。スリやひったくりもこちらが先手を打って睨みつけてしまえば、たいてい手を出してくることはない。それでも身動きがとれないような人混みではやられる確率が高いので、なるべく人波が去るのを傍らで待つようにしている。こんな基本さえ押さえておけばこの国も嫌な思いをせずに旅できそうだ。
(アジスアベバ エチオピア)
# by soil_library | 2006-07-03 00:02

8 DEC 2000

 アジスアベバ空港到着。気温二十度。「永遠の秋」と呼ばれている街だけあって暑くも寒くもない快適な気候。エチオピア航空はアフリカ全土を網羅するほどの路線を持っているアフリカ屈指の航空会社だが、その本拠地にしてはターミナル自体はあまりに素っ気ない。イミグレを抜け、手荷物を受け取って、建物の外に出る。すぐにタクシーの客引きたちが声をかけてくるが、さほど強引な感じではない。「乗り合いで行きたい。」としっかり意思表示すると、あっさりと乗り場を教えてくれる。目つきもどことなくかわいらしく、人も良さそうだ。乗り合いタクシーはたっぷり使い込まれた日本製のミニバン。ぎゅーぎゅーに詰め込まれるのだろうと覚悟をしていたが、定員になったらすぐの発車。車内に染み付いた臭いや乗客たちの体臭、街に漂う埃っぽい空気に包まれて思わず頬が緩む。初めて訪れる国での一日目、特に空港から市内までの移動にはかなりの不安がつきまとうものだが、ここではなぜか懐かしい所へ再来したような気分になっている。乗客たちは強い陽射しを嫌って窓側の座席を避けているが、こちらとしては街の見物にはちょうどいい。西アフリカのような巨漢は少なく、痩身でスタイルの良い人が目につく。全身のバランスから見て頭部が小さい。服装もシンプルでシックにまとめている。人の顔つきを見ているだけでここがアラブとアフリカの交差点であることがよく分かる。東アフリカの主要都市にしては田舎っぽく、商店街の間から見え隠れする路地には土の道が残り、土の家がある。街の中心らしき大きな広場を通り過ぎてからは、ローギア、アクセル全開でうなりながら急坂を上り始める。信号待ちのたびに寄ってくる乞食はかなりの数だ。布やシートをつなぎ合わせた粗末な小屋も歩道に並んでいる。地方から都市への人の流入はここでも深刻な問題となっているようだ。坂を上り詰めた賑やかな商店街の一角で下車。適度な活気と猥雑さ。味わい深そうな街だ。
(アジスアベバ エチオピア)

 カイロで一泊しているので少しは楽だが、それでもまだ日本との時差ボケはバイオリズムの中に残っている。この街の標高は二千四百メートル。高山病の恐れもあるので、今日は落ち着いていることにする。まずは食堂で腹ごしらえ。ここの人たちがいったい何を好んで食べているのかもまだ分からないが、どうやらほとんどの客がスパゲティを食べているようなので同じものを注文する。付け合わせのパンの量を見る限り、スパゲティはパンを食べるためのおかずと考えていいようだ。ひとつのスパゲティをテーブルの真ん中に置いてフォークで突き合っているカップルもいる。味は実にシンプルなトマトソースだが、非常に油っぽい。それとちょっと言葉では表しにくい独特な肉の臭いがまとわりついていて完全に土着料理に変化している。付け合わせのポテトやキャベツなどの茹で野菜にはほとんど味が付いていないので現地食に飽きた時の逃げ道には良さそうだ。ビールを飲んでいる人以外はほとんどがガス入りのアンボというミネラルウォーターを飲んでいる。食後にはシャイを頼むが、濃く煮出した紅茶にクローブが効いていてなかなかうまい。給仕や宿のスタッフもとても感じが良く、どうやら西アフリカとは切り離して考えた方が良さそうだ。人の反応も穏やかで、一応おかしな東洋人のことは気になるようだがあからさまなアクションは起こしてこない。何よりも彼等の瞳の美しさは印象的だ。
(アジスアベバ エチオピア)

 出の悪いシャワーで水浴びをしてからは、眠気と戦いながら午後の表通りを眺めている。すぐ前のトタンバラックの雑貨屋とその向こうの緑色の二階屋、その庭にある一本の高い木のバランスがとてもいい。1メートル角の小さな窓があるだけの雑貨屋には入れ替わりで途切れることなく近所の人がやってきては、それぞれがしばらく立ち話をしていく。地域のコミュニティーの核になっているようだ。飲み物やお菓子、石けんや簡単な薬はもちろん、便せんを一枚だけ買いにくる学生や、一本のたばこのために立ち寄る労働者もいる。公衆電話も兼ね、どうやら水汲み場にもなっているようだ。店の人に合図をするとトタンの隙間に垂れ下がっているホースから水を流してくれる仕組みらしい。たった1メートル四方の窓だけでひとまず日常に必要なものは手に入る。なんともシンプルで分かりやすい。あたりの広場や道路は近所の子供たちの遊び場となり、疲れることなくパワー全開で遊んでいる。万国共通だが、子供たちは何かを引きずりながら走り回るのが好きだ。ここでもおもちゃの残骸や空き缶などをひもにくくりつけて引き回っている。何でもない日常のひとこまを眺めているだけなのに、なんともいえない幸福感に包まれている。
(アジスアベバ エチオピア)

  秋色や小屋につぎはぐ錆トタン
# by soil_library | 2006-07-03 00:01