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Koichi Kurita Web Site ---- (2006~2014) 栗田宏一
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いのちの土 (2013) 3/3

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ここまでは「どうして土を拾うようになったのか。」それと、ちょっと飛ばしすぎましたがこの仕事がどこへ行こうとしているのかについても話したつもりです。それでもまだ漠然としていることもありますから、少し具体的なことに入っていきましょう。
ただ土を拾うとはいってもどこかしら拾う場所は選んでいるわけでそれはいったいどんな基準なのか、よく尋ねられる質問です。実を言うとあまり特別な場所で拾っているわけではありません。もちろんはじめの頃は赤や黄色などカラフルな土が露出しているところが中心でした。土砂崩れや工事現場も狙いました。しかし、徐々になんでもない畑や田んぼの土にも微妙な色の違いがあることがわかり、それこそ手当り次第に拾うようになったのです。結局のところ、この地上に汚い土はありません。すべての土が美しくて、愛おしいのです。そしてひと握りずつ色が違います。この地上は四方八方に微妙なグラデーションで色が移ろい、彩られているのです。どの土も美しい以上、採集する場所を選ぶ必要はありません。別に地質学的な興味があるわけではありません。そこに人間が暮らし、土にその生き方が映り込んでいるという事実が重要なのです。全市町村の土集めという目標ができてからは、ひとつの街でどこでもいいから最低一カ所。複数箇所拾える場合は、東の端と西の端とか、なるべく離れた場所で。なんとなく惹かれる地名があったらその場所で。温泉や鉱山があったらちょっと寄り道。北海道のような広大なところでは10キロごとに車を止めようなどという決めごとを作ることもあります。基本的には車が安全に止まれるスペースがあること。畑と田んぼでは明らかに土が違うので、その両方がある場所は効率がいいわけです。あまりに単純な作業に陥った時には、空海が見た土、芭蕉が見た土、などとテーマを決めて彼らの足跡を追う旅をしてみたりもします。


人間の欲望には際限がありません。次々と目移りして欲しくなります。それは土拾いでも同じことです。例えば他ではなかなか見かけない色の土が見つかったとします。どうしてもたくさん欲しくなります。それが滅多に来られないような土地だったらなおさらです。はじめはほんのひと握りのつもりが、土のう袋になり、しまいにはトラックを借りようなどという話にもなりかねません。そこで、自分への戒めとして、片手でひと握りのみと制限をかけています。量が必要なのではありません。自分がその土地を踏んで、土をひと握りしたという事実だけでいいのです。
本で読んだのですが、1センチの土ができるのに100年かかるそうです。これを知ってしまうとおいそれと土を動かすことはできません。掘り出すことはせず、表層だけをすくいとるように気をつけています。生活のためもあって10年ほど遺跡発掘のアルバイトをしていたことがあります。それだけに地中にはどんな時間の堆積があるのかは身に付いているつもりです。いってみれば、掘ってしまうことは過去の時間を奪ってしまうことです。それでも、重機がうなりながら土を動かしている姿を見ない日はありません。目を覆いたくなる光景ですが、できるだけ勇気を出してそんなところにも足を踏み入れるようにしています。数日後にはコンクリートで窒息死させられてしまう土の救出のためです。この時も涙を飲んでひと握りです。自分がひと握りすることで未来の子供たちにも伝えられると思うと、これはやりがいのある仕事です。


土は拾ってきた状態ではほとんどの場合、湿っています。そのままにしておくと土の中の生物が窒息してしまうので、家に戻ってきたらすぐにビニール袋から取り出して風に当ててあげます。現地で土に触れている瞬間も好きですが、少しずつ乾いていく様もまた美しく、その場に座り込んでしばしば見とれてしまいます。ひと握りの中に四大霊が宿っていると実感できる時間です。土の中の虫たちは移動を始め、葉っぱや根っこは身体を反らせながら浮き立ってきます。完全に乾くまで下に敷いた新聞紙を何回も替えてあげます。まるで赤ん坊のおしめを替えるようなものでますます親密な関係になっていきます。
作品にもよりますが、土のラフな表情を見せる場合、葉っぱや根っこ、小石などを取り除きます。この時はピンセットを使いひとつひとつ摘まみ取っていくのですが、ここまで手をかけてあげると身内のような親しみです。サクサクしていてラフな状態が残しにくい土はこの段階でふるいにかけてしまいます。この作業も大好きで、ふるいの下に表れる土の色、柔らかな触感、それとふるいの上に残る砂や小石、根っこなども美しさが際立ちます。これらの作業はかなり人為的なことで、自然状態では決して見えないものが見えてきます。なるべく暴力的にならないように気をつけていますが、土にとっては迷惑なことでしょう。それでも、展覧会場に並べられ、多くの人に賞賛されると、しまいには土たちも誇らしげに胸を張って役割を果たしてくれているようにも思えるのです。


若い頃、銀行になんか貯金しないで自分自身に貯金するように、とある人に言われたことがあります。何でも見て、食べて、旅をして、自分につぎ込むようにしてきました。むしろそのためにアルバイトを繰り返していたとも言えます。そんなこともあって未だに銀行にはわずかな貯金しかなく、身軽です。何かあった時に向けて備えるよりは、何かあっても向き合えるように備える方が賢いと考えます。
土採集には車を使いますから、想像以上に経費がかかります。ガソリン代、食費。ほとんどは車中泊ですが、たまにはホテルにも泊まります。プロジェクトに向けての土採集の時は経費を出してもらえる場合もありますが、基本的には自分でまかなわなければなりません。絵画や彫刻であればいつかは売れる可能性もありますが、この仕事の場合はあまり期待できません。でも、いま思えばそれは幸せな状況だったと思います。浮き沈みを気にすることなく、淡々とした蓄積のみがこの仕事の生命ですから。アーティストがどうやって食べていっているのか、おそらく誰にとっても興味のあることです。しかし、ひっくり返してみれば、誰しも同じようなものだと思います。違うのは価値観だけです。
中学生の時に、父親に「将来どんな仕事をしたらいいだろうか」と相談したことがあります。「お前は手先が器用だから大工とか植木屋とかがいいんじゃないか」と冗談ぽく言ったあと、「お金を触る仕事だけはやめろ」と語調を強めました。父は銀行員でした。おかげでこんな生き方になりましたが、いまでは父に感謝しています。


私の作品は仏教的であるとしばしば言われます。海外では「ZEN」とか「MANDARA」という言葉を使われることもあります。宗教色を帯びることで妙に観客との距離が離れてしまうことを恐れているため、なるべく自分からは宗教的匂いのする言い方はしないようにしています。しかし、日本で生まれ育ち、アジアの国をさんざん旅した以上、まったく影響がないとは到底言えません。というか、かなり影響を受けています。ただし、影響を受けているのは仏教だけではなく、私たち日本人なら誰しもそうであるようにアニミズムや神道も深く関わってきます。それに加えて、アジアの旅の途上で出会ったヒンドゥー教や、イスラム教、近年ではキリスト教も当然関わってきます。
私の作品では、例えば100ではなく108、50ではなく49といった数字が使われます。108は煩悩の数であり、49は輪廻、もしくは成仏に必要な日数です。床面に正方形に設置する時には3X3を基本として、例えば9X9、27X27といった構成をします。これは明らかに曼荼羅の構造そのものです。土を円錐状に盛った作品も表れますが、これは須弥山といってもいいでしょう。四角い生成りの和紙の上にのせるのはどう見ても神道スタイル。そもそも自然界からお借りした土をそのまま手を加えずに提示するのはどう見てもアニミズム。こうしてとてもNOとはいえないほどに日本的宗教性に影響を受けています
ある仏教寺院の僧侶が「お寺は自分自身を見つめるためにすべての人に開かれた場所」という言い方をしていますが、それに倣えば「アートは自分自身を見つめるためにすべての人に開かれた装置」とも言えます。おそらく宗教もアートも目指しているところは同じなのだろうと思えるのです。


日本での活動と平行して行っているフランスでの活動もとびとびではありますが10年を迎えました。どうしてフランス人がこの仕事を好きなのか。明確な答えは見つかっていませんが、日本でいうところの「風土」に非常に近い「テロワール」という言葉を大切にしていることもひとつの理由ではないかと想像しています。
フランスではアーティストがひとつの職業として認知されています。すなわち社会の一員として受け入れられているということです。契約書にサインをした以上、仕事を完遂しないとペナルティーもあるわけで責任もあります。でも、そのぶんやりがいはあります。更にいえば、リスペクトされることによって仕事はより充実して高みを目指せます。日本では、私たちは職業区分の上では「その他」もしくは「無職」となります。責任感がないといい仕事は生まれてきません。文化の土壌を育てるためにも、アーティストに責任ある仕事を与えるべきです。
10年も続けている割には不思議なくらい作品スタイルがフランス文化に影響を受けることはありません。もちろん学んだことはあります。例えば天井までの高さが10メートル以上もある教会で展示するようなことは日本ではありません。教会そのものが天を意識する構造になっているのですが、その床面に作品展開することによっていかにその上の空間が大切であるかを身に染みています。天は地があるからこその天、地は天があるからこその地。日本では天と地、そして人間の存在は霧のような状態で一体化しているように感じます。フランスでは天と地がはっきり別れていて、その狭間に人間の存在があります。これも風土からくる違いなのです。やっぱり知らないうちに影響を受けているのかもしれません。


この20年あまりを振り返ると、浮かんでは消え、やり始めたもののいつの間にか消滅したプロジェクトもずいぶんあります。そんななかであまり表舞台には出てこないけれど、やめられないことがあります。それはやめてはいけないという意味ではなくて、一度何かを始めたらやめられなくなる私の性格的なことからきています。これらには日記的な側面があって、自分にとっては表に出ている作品よりも私的な親しみがあります。
満月の日の浜辺でのパフィーマンスについては既に話しましたが、その後も満月は気になって仕方がありません。女性は身体のリズムで月の満ち欠けを感応できる仕組みになっていますが、男というのは惨めなもので、相当意識しないと宇宙のリズムの中に入っていくことができません。そこでカレンダーに満月の日を書き込み、その日には何かひとつの行為をしようと考えたのです。何でも良かったのですが小石拾いです。土ではなく小石だったのは、それがひとつの星でもあるからです。土はその集合体なので、ひとつの社会ともいえます。普段はマンツーマンよりも社会との方がつきあいやすいので土を対象にしていますが、満月の日だけは小石です。このことによってようやく月の引力を感じる準備ができるのです。
もうひとつはポストカードに土を貼って送るプロジェクト。海外を旅している際は滞在した街での採集ということにしていましたが、2003年からは日課になりました。毎日どこかで屈んで土をひとつまみしています。目的地のない巡礼旅のような気分です。何か別のことを見つけない限りおもしろくてやめられそうにありません。


2011年3月、一生忘れることのできない出来事が起こりました。大地震とその後の津波をきっかけにした原子力発電所の爆発事故のことです。この時の焦りと戸惑い、悔やみと情けなさは忘れることができません。アンドレイ・タルコフスキーの映画は私の作家人生の基礎を築いてくれたといってもいいのですが、実は最後の作品「サクリファイス」だけは未消化なままでした。それがこの時には自分たちのこととして全身全霊に叩き突きつけられたのです。病魔に冒された身体を支えながら、それこそ命がけで発してくれたメッセージを私たちは見過ごしてしまったのです。
すぐに「INNOCENCE」という作品を作りました。イノセンスにはいろんな意味があって、無邪気、無防備、無垢、無実、無罪、、などです。こんな時は英語のタイトルはいろんな意味を総括してくれるので便利です。フランスバージョンと日本バージョンのふたつを作りました。フランスバージョンは一本のビンに福島の土(飯舘村)を入れただけです。これは汚染される以前に採集したもので、いってみればこれから先、採集することができない土です。私たちはこの土の声を聴かねばなりません。土から学ぶ姿勢を持たねばなりません。12世紀のロマネスク教会に展示され、この一本を囲んで人々が語り合いました。日本バージョンは4本のビンでできています。一本目には広島の土、二本目には長崎の土、三本目には福島の土、そして四本目は空です。自分で作っておきながら涙が出るほどに恐ろしい作品です。作品に社会性を込めることは実はあまり好きではありません。こんなものは作りたくなかったし、今後は絶対に作りたくはありません。


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この絶望的な世界で暮らしていても、目の前の木々の揺らぎや鳥の鳴き声には深い幸福感があります。木は一本ずつ姿が違い、鳥ですら一羽ずつ囀り方が違います。この世界にはふたつとして同じものはありません。それをひと握りの土から教えてもらいました。そのことはそのまま私たち人間にも当てはまります。同じような姿形をしていても、みんな顔が違い、考え方も違い、それぞれの歴史も違います。そして地上に汚い土がないように、人間も元を正せばそれぞれが妙なる存在なのです。赤ん坊の姿を見ればわかることです。土の仕事を通して言っていきたいのは「世界の多様性」です。あいつの考え方はわからない、だから排除しよう、ではなく、自分とは違うけどああいう考え方もあるんだな、と思えればいいのです。それぞれの違いを認め合っておもしろがれれば、無駄に争う必要はありません。多様な世界の唯一の存在として生かされていると自覚すればいいのです。争わない知恵を持ちましょう。
石庭で有名な京都の龍安寺には、禅の神髄ともいわれる言葉が刻まれた石のつくばいがあります。「吾唯足知」。私は満足することを知っているだけです、というような訳になるでしょうか。今更私が持ち出すまでもありませんが、この言葉をかみしめながら少しでも未来につないでいけるように仕事をしていきたいものです。

(2013年7月8日 シャマランド、エソンヌ、フランス)

「Booklet 22 コスモス」(慶應義塾大学アート・センター)より 2014
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