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足もとに架かる虹 (2007)
栗田宏一
昨秋、フランス中西部のポワチエに2ヶ月ほど滞在する機会を得た。スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ通じる巡礼道の中継地として昔から栄え、いまでもロマネスク建築の教会がいくつも残っている。人の住む家々にも過剰な装飾などなく、いつ建てられたのかもわからないほどオリジナルに近い改修がされている。そのため、街全体に削ぎ落とされた潔い空気がある。 今回はこの街のミュージアムでの個展のために招聘されたのだが、あてがわれた市営住宅は残念ながら5階建ての近代建築。それでも、街を訪れるアーティスト用に市がキープしているのは、このアパートの中でも最上階で最も広い上等な部屋だ。何よりも、大きなテラスがあるのがうれしい。これならアトリエも兼ねられる。文化事業にアーティストが関わるのがごく普通のことであるとはいえ、このような部屋を常に用意しているというのは、日本ではちょっと考えられないことだ。このテラスがすっかりお気に入りになった。 こんなに空を意識して暮らしたのは、ずいぶん久しぶりのことだ。四方を山に囲まれた甲府盆地で生まれ育ったため、朝日に染まる南アルプスから、夕日に染まる富士山までの空の色の移り変わりの見事さは身に付いているつもりだ。しかし、いつの間にかまわりを住宅で囲まれ、いまでは頭上の狭い空しか感じられなくなっている。わざわざ出かけていって見上げる空と、朝起きた部屋の窓から見える空ではちょっと深さが違う。 日本の風土の中では、空と大地は一体化して、人間はその曖昧な狭間で溶け込むように暮らしている、と個人的には感じている。しかし、フランスでは、空は空であり、大地は大地である。そのどちらにも属さないものとして人間があり、その存在を問われているような感じがある。それほどに空そのもの、大地そのものの存在感が大きいのだ。もっとも、これは風景の広さと空気の透明感からくる錯覚なのかもしれない。しかし、古今東西、どんな人でも空の色合いの美しさに感動することに違いはない。特に夕暮れ時、黄金が高温で溶融しているような山の端の目映い色から、星が瞬き始めた頭上の吸い込まれそうな濃紺までのグラデーションの見事さは、どんな言葉を持ってしても表現できるものではない。それと同様に、自然界のあらゆるものは美しく、いとおしい。光線によって表情を変える水辺、季節による森や野原の色合いの変化。花や昆虫たちに固有の色。誰にもその美しさを否定することなどできない。 しかし、なぜか、足もとの土が美しいという話は聞いたことがない。どうしてだろう。誰もが美しいと感じる空や海、森や花と同じ自然界の一員だし、言ってみれば最もベーシックなものなのに。「土」というと美しいどころか、汚いという印象を持っている人がほとんどだ。ちなみに辞書を引いてみても、良いことなど書かれていない。「(力士に)土がつく」「顔に泥を塗る」「雲泥の差」。英語の「soil」にも決して良い意味はなく、どうやら万国共通で「土」は悪者のようだ。こんなとき、アーティストというのはひねくれていて、どん底で蔑まれているものを誰もが頭を下げざるを得ない状況に持っていけないものか、と考えたりするものだ。 足もとの土をじっくり見つめ始めて、色の美しさ、ノスタルジックな手触り、テクスチャーの多様さに驚くとともに、自分の足もとすらしっかり見ていなかった自分自身に心底がっかりした。いずれは土に還る身の上であるというのに。それからは、行く先々でひと握りずつ土を拾い、気がついたらこの15年あまりで2万種類を超える土が手元に集まっている。驚くのは、そのどれもが異なる色を持ち、決して同じ色がないという事実だ。おまけに汚い色なんて一つもない。他人から見たらばかげた作業の繰り返しに見えるだろうが、無限の出会いに魅了されて、まったく飽きることがない。人がひとりひとりみんな違うのと同じように、足もとの土もひと握りずつすべて違っている。しかも、言われているように茶色や黄土色だけではなく、ピンクや黄色、紫、緑色、真っ白、真っ黒だってある。並べてみれば、空の色合いにだって負けることはない。私たちの足もとには少しずつ色合いを変える大地が四方八方に広がっているのだ。この地球上のすべての物質は、人間も含めて、92種類の元素から構成されていると言われている。土の色合いは含まれている元素の割合によって決まるのだというが、この美しさを前にすると、そんな理屈などどうでもよくなってしまう。 子どもの頃は誰でも、土にいろんな色があることくらい知っていたのだと思う。選択の余地のない12色のクレヨンで絵を描かされたり、人工的な色合いの中で暮らすうちに、持って生まれた感性が気絶してしまっただけだ。たぶん、土の色だけでなく、気絶していることがもっともっとたくさんあるに違いない。自然界をじっくり注視し、時間をかけて繰り返し観察すると、思いがけない発見がある。視点を変えるだけで、当たり前であったことがひっくり返る一瞬が訪れる。先入観を消去させること、固定観念を打ち砕くこと、そのきっかけを提供するのがアーティストの仕事でもある。 ある日、ポワチエの空に虹が架かった。個展ではポワトゥー・シャロン州で拾い集めた土を、乾燥させ、中に混じっている葉っぱや根っこを取り除いただけで、他には何の加工をすることもなく、そのまま400種類あまり並べた。一つの州だけでも驚くほどいろんな色の土があった。作品を前にして、ある女性が声をかけてくれた。 「私たちの足もとにも虹が架かっているんですね。」 その人に手を引かれている子どもの目は確かに輝いていた。 「えるふ」Vol.17 (ちゅうでん教育振興財団)より 2007
by soil_library
| 2006-08-02 00:20
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